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古物市で家宝に巡りあった話 - U.S.A -

No.415/2012.07
東京本社経理部/ 新井 哲哉
画:クロイワ カズ

20年も前の話です。駐在員としてミシガン州のアンナーバという町に暮らしていました。ニューヨークのような派手さはありませんが、有名校のミシガン大学がある落ち着いた環境です。娯楽の少ない初冬には、○○フェアと称して様々な市が立ちます。その中のアンティーク・フェアは私のお気に入りでした。

ある日曜日、ぶらりと出かけた市で小型のタンスが私の目に留まりました。ルネッサンス時代のイタリアから抜け出たような4段チェスト。エレガントな曲線を描いた引き出しと伝統を感じさせる象嵌細工。彫刻が施された猫脚。ダークブラウンの艶やかな色調。すべてが私を魅了しました。

そっと手をかけると、重厚な滑りで開いた引き出しからは「お待ちしてたのよ」という囁きが聞こえるようでした。値段は800ドル。当時のレートでは10万円の買物です。安月給の身にはかなりの贅沢品。それでも即座に買うことにしました。

それ以来、チェストは4度の転居を経て宇部の自宅に納まりました。引越しの都度、異常に重い、邪魔になる、不釣合いだと、妻からクレームを頂戴します。

リビングの主役に鎮座したクラシック・チェスト。他の家具とのバランスは確かによくないし、引き出しを開けると中は子供の玩具ばかりというのも気になります。それでも、優美な姿は我が家の貴重な家宝です。

ところが、今年の1月、東京本社への転勤が決まり、家族ともチェストともお別れすることになりました。久し振りに独身時代に戻った気楽さはありますが、単身赴任寮の狭い部屋ではやはりもの足りません。毎日、会社から帰っても、迎えてくれる家族はなく、一抹の寂しさを感じます。家宝とともに暮らせる安住の地に早く移りたいものです。